味口としゆきのTwitter

味口俊之のFacebook

2013年5月12日日曜日

母の日&共青創立90年

【5月12日(日)】

母の日は、
息子が生まれる前は、
妻任せで、二人の母親にカーネーションなどを送っていたんですが、
妻が母になったので、
今日は、息子とともに、
マア(息子は、ママの事をこう呼ぶ(笑))にプレゼント。


息子の「直筆」メッセージ。
喜んでくれたかな?

☆ ☆ ☆

共青創立90周年の記念講演会があり、
神戸でも、記念集会がありました。

この集会参加者に、
今まで、民青同盟の兵庫県委員長をつとめた人の手記を集め、配るとのことで、
私も、当時の様子を振り返り書きました。

民青同盟を卒業して、もう13年。
おっちゃんになるはずですね(+_+)

☆ ☆ ☆

共青創立90年おめでとうございます。

私は、1996年~2000年まで県委員長をつとめさせていただきました。民青同盟には、1985年に加盟したので、15年間同盟員として活動したことになります。多くの事を学び、友達や先輩にも恵まれたと感じます。
 
 自分の同盟員としての活動を振り返ると、1990年7月6日に起こった神戸高塚高校事件を契機に、偏差値に偏重した差別・選別の教育、高校生を一人の人間として扱わない管理主義教育を変えるために、高校生や同盟員と頑張った事を思い出します。
 
 テストの点数や、学校のランクで傷つけられた高校生が「おかしいことにはおかしいと言おう」と校則や体罰の是正に立ち上がったこと、「私たちには選挙権がない。もっとまともな政治を大人はつくってほしい」と言われたことなどは、参議院選挙・県知事選挙・神戸市長選挙を目前に控える今、自分の心に刻んでおかなければと思います。
 
 また、阪神・淡路大震災を契機に、「一人ぼっちの青年を残さない」を合言葉に、安否確認をはじめ救援・復興、神戸空港反対の運動に取り組んだことが、その後の国政選挙・地方選挙での日本共産党の躍進につながったこと、その只中で活動できたことは、今考えても貴重な経験だったと感じます。

当時よく話し合い、自分たちの決意にしたのは、「組織戦でも自共対決に勝てる県同盟を」でした。今は、当時以上に、青年の状態は悪く、同時に新しい政治をもとめる動きも強いと感じます。県同盟の発展と、私自身も微力で、少々歳はいきましたが頑張りたいと思います。

1 件のコメント:

  1. 僕も民青同盟を卒業して何年か経ちます。

    何よりも科学的社会主義の学習を重視する日本共産党の導きを受ける(現在は「相談相手」)青年組織というのが魅力で僕も民青同盟に加盟し、みんなと活動できて本当に最高に幸せでした。これからは、日本共産党員のままで自分なりに頑張って、この一生を全うできたら…。と思って生きています。

    返信削除